
2011年03月02日
春

「はる」という言葉は「万物が発〔は〕る(発する)」「木の芽が張〔は〕る」「天候が晴〔は〕る」「田畑を墾〔は〕る」などの意味を持ちます。天候に恵まれ、希望に溢れる季節を象徴しています。
立春りっしゅん
2月4日頃
冬と春の分かれる節分の翌日であり、立春は寒さがあけて春に入る日です。
また、立春以降初めて吹く南よりの強風を春一番と呼び、立春の早朝禅寺では厄除けのために門に縦書きをすると、左右対称になる「立春大吉」と書いた紙を貼る習慣があるようです。
雨水うすい
2月19日頃
雨水とは、雪が雨に変わり雪解けが始まるという日で、忍び寄る春の気配に草木が蘇るという意味があります。
とはいえ東日本ではまだ雪が深く、関東・東海地方にあたっては、この時期から雪が降り始めるそうです。
啓蟄けいちつ
3月6日頃
啓蟄とは、土の中で縮こまっていた虫(蟄)が穴を開いて(啓いて)動き出す日のことです。具体的には、日本人が「さぁ働くぞ」と意気込み始める日のことを言います。
この時期は、一雨降るごとに気温があがってゆき、春に近づいていきます。日差しも徐々に暖かくなってきます。
春分しゅんぶん
3月21日頃
春分は、昼と夜の長さが同じになる日です。
昔の人はこの日を「自然に感謝し春を祝福する日」だと感じていました。それは冬眠をしていた生物が動き初め、人の生活にも新しい希望と活力がもたらされる時期だからです。
またこの日の前後に、家族でご先祖様のお墓参りに行く習慣もあります。
清明せいめい
4月5日頃
清明とは「清浄明潔」の略で「万物ここに至りて皆潔斎にして清明なり」という意味があります。間単にいえば「満開の桜をみると、全てのモノが生き生きしているように見えるなぁ。さあ、花見だ!」ということでしょうか。
この頃南の地方には、越冬のためツバメが渡ってくるようです。
穀雨こくう
4月20日頃
穀雨とは、春の雨が全ての穀物を潤すという意味です。
農業を営む人は、この時期に種まきをすると植物の成長に欠かせない雨に恵まれるといわれています。
【日本文化いろは事典より】

撮影時期 : 2010年11月 【 "The Times" Milky House Collection 】
2011年03月01日
梅
梅(英:Japanese apricot)

別名に好文木(こうぶんぼく)、春告草(はるつげぐさ)、木の花(このはな)、初名草(はつなぐさ)、香散見草(かざみぐさ)、風待草(かぜまちぐさ)、匂草(においぐさ)などがある。
江戸時代以降、花見といえばもっぱらサクラの花を見ることとされている。しかし奈良時代以前に「花」といえば、むしろウメを指すことの方が多かった。ウメよりサクラがより愛好されはじめるのは、平安時代中頃からのことである。
「ウメ」の語源には諸説ある。ひとつは中国語の「梅」(マイあるいはメイ)の転という説で、伝来当時の日本人は、鼻音の前に軽い鼻音を重ねていた(現在も東北方言などにその名残りがある)ため、meを/mme/(ンメ)のように発音していた、これが「ムメ」のように表記され、さらに読まれることで/mume/となり/ume/へと転訛した、というものである。今日でも「ンメ」のように発音する方言もまた残っている。
家紋
梅紋(うめもん)は、ウメの花を図案化した日本の家紋である。その一種で「梅鉢(うめばち)」と呼ばれるものは、中心から放射線状に配置した花弁が太鼓の撥に似ていることに由来している。奈良時代に文様として用いられはじめ、菅原道真が梅の花を好んだことにより天満宮の神紋として用いられ始めたと考えられている。

【 Stabat Mater (聖母哀傷) 】動画
● キャプチャソフト : Fraps3 / HD youtube動画
● 撮影時期 : 2010年7月
● 撮影場所 : Neptune Tokyo

別名に好文木(こうぶんぼく)、春告草(はるつげぐさ)、木の花(このはな)、初名草(はつなぐさ)、香散見草(かざみぐさ)、風待草(かぜまちぐさ)、匂草(においぐさ)などがある。
江戸時代以降、花見といえばもっぱらサクラの花を見ることとされている。しかし奈良時代以前に「花」といえば、むしろウメを指すことの方が多かった。ウメよりサクラがより愛好されはじめるのは、平安時代中頃からのことである。
「ウメ」の語源には諸説ある。ひとつは中国語の「梅」(マイあるいはメイ)の転という説で、伝来当時の日本人は、鼻音の前に軽い鼻音を重ねていた(現在も東北方言などにその名残りがある)ため、meを/mme/(ンメ)のように発音していた、これが「ムメ」のように表記され、さらに読まれることで/mume/となり/ume/へと転訛した、というものである。今日でも「ンメ」のように発音する方言もまた残っている。
家紋
梅紋(うめもん)は、ウメの花を図案化した日本の家紋である。その一種で「梅鉢(うめばち)」と呼ばれるものは、中心から放射線状に配置した花弁が太鼓の撥に似ていることに由来している。奈良時代に文様として用いられはじめ、菅原道真が梅の花を好んだことにより天満宮の神紋として用いられ始めたと考えられている。

【 Stabat Mater (聖母哀傷) 】動画
● キャプチャソフト : Fraps3 / HD youtube動画
● 撮影時期 : 2010年7月
● 撮影場所 : Neptune Tokyo