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2012年01月25日

八犬伝(孝)

犬塚 信乃 戍孝(いぬづか しの もりたか) 孝の珠を持つ


長禄4年(1460年)7月戊戌の日、武蔵大塚で生まれる。父は犬塚番作、母は手束(たつか)。
読者の前に最初に姿を現す犬士であり、生い立ちが詳述されていることからも、八犬伝前半の主役と言える。また、父方・母方ともども結城合戦において関東公方家に殉じた忠義の士である事から、八犬士の中でも別格扱いにされる事が多く、二次創作では主役を務める傾向にある。使用する太刀は足利家の宝刀・村雨丸、脇差は桐一文字。
番作夫婦には幾人かの子があったが、いずれも夭折している。手束が子を願って滝野川の弁才天に参拝した帰り道で神犬に騎乗した神女(伏姫神)に遭遇し珠を授けられるが、この時は取りこぼしてしまい、代わりに傍らにいた仔犬(与四郎)を連れて帰る。その後出産したのが信乃である。元服まで性別を入れ替えて育てると丈夫に育つという言い伝えに母が願いを託したため、女名をつけられ、女装で育てられた。
信乃が幼いときに母と死に別れる。文明2年(1470年)、信乃が11歳のときに父が「御教書破却事件」で自害する。信乃は父の後を追おうとし、瀕死の与四郎犬を介錯した際、その首から飛び出した珠が腕に当たり、痣が生じた。番作の遺言に従い、大塚蟇六・亀篠夫婦に引き取られ、その養女・浜路を許婚とした。また、大塚家に下男として使役されていた額蔵(犬川荘助)と同じ縁にあることを知る。
村雨は父の自害の際に渡されたもので、いつの日か足利家に返すことを願っているが、伯母夫妻は奪取を図っている。文明10年(1478年)、19歳になった信乃は、浜路の懇請(浜路口説き)を振り切って許我に旅立つものの、村雨はすりかえられたものであり、芳流閣で犬飼現八と組討を演じる。以後、行徳の古那屋で破傷風を患い、山林房八夫妻の犠牲により蘇生。荒芽山で犬山道節から村雨を返却されて以降は再びこれを佩刀とする。甲斐では浜路姫と出会い、その身体を借りた亡き許婚の浜路の魂から想いを伝えられる。鈴茂林の仇討ちに便乗した扇谷定正との戦いでは、五十子城を攻め落とし、民衆のために倉を開放して墨書を残した。
管領戦では犬飼現八とともに国府台に出陣し、山内顕定・足利成氏と対戦。犬江親兵衛の危機を救って房八に報い、火猪の計を用いて勝利を収め、成氏を捕虜とした。戦後、帰還する成氏に村雨を献上して父子三代の宿願を果たす。里見家の五女・浜路姫を妻とし、東条城主となった。
【 八犬伝登場人物wiki 】



【 大神稲荷神社 】 場所  


Posted by hidesun(英寸) at 20:25Comments(0)小説