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2011年08月22日

薙刀


昨晩は、みるきー舞姫公演 【MOD女陰陽師】にお越しいただき、誠に有難うございました。


【 みるきー舞姫「MOD女陰陽師」公演画像 】

薙刀(なぎなた)は日本の長柄武器の一種で、平安時代に登場した武具である。
長い柄の先に反りのある刀身を装着した武具で、当初は「長刀」(”ながなた”とも読まれた)と表記されていたが、「刀」に打刀という様式が生まれると、「打刀」を「短刀」と区別するために呼称する「長刀」(ちょうとう)と区別するため、「薙刀」と表記されるようになった。

薙刀が誕生した過程については研究が進められていないために未だにはっきりとは判明していないが、単純により間合いを大きく取れる太刀を求めた結果柄が自然と長くなったものだとする説から、奈良時代後期から鎌倉時代にかけて「手鉾(てほこ)」と呼ばれる、一尺(約30cm)から二尺(約60cm)程の刀身を比較的短い柄に嵌めて用いる柄武器が存在しており、これが改良されたものが薙刀であるという説、また、大陸に渡って仏教を学んだ僧によって中国の長柄武器である大刀が伝えられ、これに習って日本で作られたものが奈良時代から平安時代にかけて寺院の守護のために僧兵の武器として広く用いられており、これが薙刀の発祥であるという説もあり、その起源と発達過程については諸説存在する。



日本において武士の主な戦闘方法は遠距離から馬上で弓を射ることであったが、名乗りを上げて一騎打ちを行う際には手持ちの武器による接近戦も行われた。やがて、戦闘方法の変化から徒戦(かちいくさ)という概念が一般化すると、薙刀は武士から足軽まで広く用いられる主武器となった。

薙刀の使用が最も盛んであったのは源平時代の頃であり、その後南北朝時代に至ると「矛」から発展した長柄武器として槍が登場し、また長巻の登場によって薙刀が戦場で用いられることは少なくなっていった。応仁の乱の頃より戦闘の主流が足軽による集団戦に変わると、“振り回す”形で使う武器は密集した隊列を組んで行う戦闘において不便であり、やがて槍に取って代わられていった。その後戦国時代に鉄砲が伝来すると長柄武器そのものが衰退し、薙刀は僧侶、婦女子の用いる武具となっていく。

実戦武具としては廃れたものの、江戸時代には武家の婦女子の習う必須の武芸として稽古され、武士の家であれば嫁入りの際には薙刀を必ず持参したという。大正から戦後にかけて、主に女性のたしなむ武道となり、「なぎなた」として現代も競技が盛んである。





みるきー舞姫 【 MOD女陰陽師 予告編 】

  


Posted by hidesun(英寸) at 21:30Comments(0)日本刀